【★おべんとクンの添乗の日々★(表)】

旅行を生業とするということは、日々の糧に事欠いても趣味に生きるという事・・・(嘆)

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手間要らず?アエロフロート

今をさかのぼる事十数年前。初めてヨーロッパへ行くための足として選んだのはアエロフロート、当時のソヴィエト航空だった。
今のように情報が氾濫していない時代のこと、アエロフロートがどんなに話題性の高い航空会社か、どんなに特徴的な航空会社か、なんてことは知らず、単純に価格で選んだ。
同行者は海外旅行初めての友人。
思えば2人とも若かった。

今にして思えば機体はイリューシンで、搭乗時は怪しい民族音楽が流れ、足元から水蒸気のような物が吹き出ていた(古い機体では結構あるらしい)
それまで知っていたJALとかANAとか、キャセイとかノースウエストとかとは明らかに異質の雰囲気だった。
ブランケットが配られるが、薄々のカーキ色っぽいやつで全員分は無いらしい。
飲み物の種類も以上に少ない。
無口な乗務員がたまに喋る英語も、ひどく聞き取りづらかった。

スケジュールはモスクワでトランジットで1泊、翌日の朝の便でハンブルクという予定。
まだ慣れない海外旅行と、不自由な英語・・・この場合はこっちの英語も相手の英語に対する不安もあり、特にモスクワでの乗り換え(トランジット)にドキドキしていた。

モスクワに到着。流れに乗って飛行機を降りると、キリル文字の並んだ怪しいカードを渡され、カウンターへ流される。
多分入国関係のカウンターだったのだと思うが、チケットとパスポートを見て何か話しかけてくる。

「ゴテ?」と聞こえた。
「ゴテ?」と聞き返した。
「ゴテ?」と友人と顔を見合わせたが、無事にカウンターを通過。
その時から係員が両脇に付き、私達2人を完全に護送エスコートする形となった。

何も分からないまま護送車に乗せられ謎の収容所シェレメチェボホテルという、空港ホテルに運ばれ送られた。
チェックインも何も無い。そのまま部屋に強制連行案内された。
部屋は何故か片側の壁にベッドを2台、頭をくっつけた状態で置かれた完全な寮スタイル。
窓にはしっかりと鉄格子が嵌っている。
トイレには便座が無い。(これは後日椎名誠氏がその著書「ロシアにおけるニタリノフの便座について」で謎を解明しているのに遭遇)

豊かではないが、不自由なく育った私には、鉄格子だけでも衝撃の事実だった。
考えてみれば私達はその時、飛行機を乗り換えるという事情だけの為に立ち寄ったヨソモノ
当時共産国として世界に共産ぶりをアピールしていたソ連としては、査証も持たずに立ち寄った資本主義社会のヨソモノに、みだりやたらと顔や口や手を出して欲しくないのである。

ご丁寧に食事も出してくれた。
ビーフストロガノフと思しき代物
付け合せは直径5cm位のリンゴの煮た物機内食でも出た
コールスローみたいな代物
パンとバター
麦茶の様な紅茶
ロウ石の様な砂糖の塊・・・(え?ロウ石?って?え?ロウ石知らない?
紙の貴重だった時代にね、この石で路上に絵を描いて遊んだんですわ。ま、チョーク代わりの石で・・・ってあるサイトに紹介されてた

遅くまで明るい北国の夏を、鉄格子越しに楽しんだ。

翌朝もご丁寧に起こしていただき、やたらと健康に良さそうな硬いパンの朝食も出された。もちろんロウ石と紅茶付き
ご丁寧な事に出発時にも両脇をしっかりガード。
明らかに軍用者と思われるゴツイ車に強制的に載せられ乗せられ、空港に護送送られた。
両脇を固められたままチェックインもお任せ。
空港の待合室に入って、やっと開放された。

いやはや至れり尽くせりのサービスぶり。
JALのファーストクラスのアテンドも真っ青である。
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Comment

便座の無い便器 

私はツアーで行きました。アエロフロートにも乗りました。出てくるものすべてまずかったのは、あれが最初で最後と思われます。オレンジジュースまでもがまずいって、ある意味、すごいと思いました。
モスクワのホテルは、超一流、と思われる入れ物でしたが、やはり便座はありませんでした。記念撮影しました。
サモワールから出てくる紅茶はおいしかったです。砂糖は入れないので、蝋石だったかどうか、記憶にありません。コーヒーはまずかった。
ロシアでおいしかったのは、紅茶とアイスクリームだけでした。
(見所は豊富でたいへん面白かったです)。
トランジットだと鉄格子付きの部屋に収監(笑)されるんですね。全食事と送迎込みだと、コストはかなりのものな気もしますが。Vivさんは一銭も落としてないわけだし。昔の私だったら「食費と宿代がういた~」って大喜びしそうです。
  • posted by つばさ@KUL 
  • URL 
  • 2005.09/11 13:15分 
  • [Edit]
  • [Res]

 

今はどうだか分かりませんが、当時はまさしく「鉄格子」に「収監」でした。
何せ「ソ連」でしたから。
確かに航空運賃は安いし、1泊浮いて、トランジットの手続きとかも全部やってくれて、ありがたい限りでしたが、「収監」された経験は無かったので、かなり面食らいました。

私の友人で同じホテルに泊まったやつは、部屋のドアが開かなくなり、ドアを蹴り壊して脱出したそうです。
その後彼女がしばらくの間KGBの影に怯えていたのは言うまでもありません。
  • posted by vivnyanco 
  • URL 
  • 2005.09/11 14:59分 
  • [Edit]
  • [Res]

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